ホーム > 文化・観光・スポーツ > 北区飛鳥山博物館 > 北区の歴史と文化財 > 歴史文化財リスト > 歴史文化財リスト西ケ原・中里地区 > 文化財説明板旧一本杉神明宮社地
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最終更新日:2015年4月23日
現在の七社神社の社地は、かつては神明宮の社地でした。神明宮は、天照大神を祭神とし、神木が樹齢千年以上といわれる杉であったことから、一本杉神明宮と呼ばれていました。明治初年に七社神社がこの地に移転してきたことにより、神明宮は七社神社の摂社となり、天祖神社と呼ばれるようになりました。杉の古木が枯れたため、明治44年(1911)に地上3、4メートルのところを残して伐採されましたが、現在もその切株は残っています。
七社神社は、江戸時代には七所明神社といい、西ヶ原村の鎮守で、別当である無量寺の境内にありました。祭神は、紀伊国高野山四社明神を移し祀り、これに天照大神・春日・八幡の三神を合祀したものといいます。詳しい由来は、寛政5年(1793)の火災によって、社殿をはじめ古文書・古記録等を焼失したためよくわかりません。神仏分離によって、明治初年に現在地である神明宮社地に移されました。
現在の祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命、天児屋根命、伊斯許理度費命、市寸島比費命、品陀別命、帯中日子命の七神です。境内には摂社となった天祖神社の他に、末社として稲荷神杜・菅原神社・三峯神社・熊野神社・疱瘡社があります。
西ヶ原2-11-1 七社神社境内